ととのい時間 > ととのいの哲学
ととのいの医学
CONTENTS
●医学から見た「ととのい」
●ととのいの脳科学①『DMN』
●ととのいの脳科学②『扁桃体』
●集中と観察のバランス
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●ととのいの哲学
●快眠・寝落ちの医学
医学から見た「ととのい」
医学的な観点から見た「ととのい」とは、心身のバランスが保たれている状態だということができます。
分かりやすく言えば、自律神経のバランス、つまり交感神経と副交感神経のどちらかに偏ることなく、バランスよく揺らいでいる状態です。
ストレスなどで脳が興奮状態にある時は交換神経が優位になり、リラックスして脳がお休み状態にある時は副交感神経が優位になります。
普段忙しくしている方からすると、副交感神経を優位にすることこそが「ととのい」だと思われがちですが、ぼんやりと心が宙を彷徨っているような時でも、実際には脳のどこかが過剰に働き続けてしまっていて、非常に多くのエネルギーを消費し、疲労し続けていることが少なくないということが明らかになってきています。
サウナでいうと、交換神経を刺激するような熱波や水風呂の刺激によって、脳の注意散漫な状態を一度断ち切ってから、外気浴などを通して副交換神経を刺激し、バランスのとれた状態へと導くことが「ととのい」の本質だということができるのです。
ととのいの脳科学①『DMN』
なぜリラックスするだけでは「ととのい」が得られないのでしょうか。
その大きなヒントが、脳のDMNというメカニズムに隠されています。
DMNとは、デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network)の略で、脳がぼんやりとしながらも、勝手に活動してくれている機能のことです。
DMNは「脳のアイドリング」のようなもので、自分ではリラックスしているつもりでも、水面下で脳が勝手に機能してくれていて、このお陰で私たちは、咄嗟の状況に瞬時に対応したり、アイデアやひらめきを得たりすることができています。
ところが、強いストレスにさらされたり、長期の抑圧状態を強いられたりしていると、このDMNが過剰に働き過ぎてしまい、注意が散漫になったり、色々なことを考えすぎてすぐに不安になったりして、脳疲労の大きな原因となってしまうことが少なくありません。
DMNは主に、内側前頭前皮質や後部帯状皮質などを中心に、複数の部位が同時に働いて活動を行うのですが、こういった活動が過剰になると、脳全体の血流の60~80%を消費してしまうほど、大きな脳疲労の原因となってしまうのです。
サウナの熱波や水風呂、そしてマインドフルネスや禅の集中瞑想などによって、このDMNのネットワークや活動を断ち切り、散漫状態を一度リセットすることが、深い「ととのい」に繋がっていると考えることができます。
ととのいの脳科学②『扁桃体』
扁桃体とは、側頭葉の内側にある神経細胞の集まりで、恐怖、不安、怒りなどネガティブな感情に大きく関わっていることから「情緒の中枢」と呼ばれています。
扁桃体は、私たちが何かを見聞きした際、それが身の危険に関わるか否かを瞬時に判断し、感情や情緒という形で必要な反応を引き起こしてくれる、生きていく上で必要不可欠な機能です。
一方で、この扁桃体の活動が常に過剰になってしまうと、ネガティブ感情に心を占拠されてしまい、様々な心身症状を引き起こしてしまう原因となります。
この扁桃体の働きをうまく抑制してくれるのが、上のDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)で触れた内側前頭前皮質で、この内側前頭前皮質の働きのお陰で、私たちは感情を適度に抑制し、理性的に日常を過ごすことができているのです。
ところが、この抑制反応が過剰に働いてしまうと、上で触れたように脳疲労を助長させてしまい、たとえ一時的に扁桃体の働きを抑制して感情を封じ込めたとしても、その感情を根本的に解消できている訳ではないので、水面下でストレス状態は蓄積してしまうと考えられます。
感情をコントロールしたり、抑制しようとしたりする気持ちが、脳を余計にストレスフルな状態に追い込んでしまう可能性があるということです。
そこで必要になってくるのが「アクセプタンス(受容)」という心の要素です。
扁桃体が引き起こすありのままの感情や、それを抑制しようとする内側前頭前皮質の働きを、すべて大らかに見守ることが、慢性的に疲れている脳をリセットして「ととのい」を得るために不可欠だということなのです。
サウナで言えば、外気浴で無防備になっている時間、瞑想で言えば、観察瞑想でありのままを感じているひとときが、究極の「ととのい」へと繋がっていくのです。
集中と観察のバランス
これまで見てきたように、リラックスだけだと脳が過剰なアイドリングを始めてしまったり、それを断ち切るために集中ばかりしようとしていても、逆に過度な抑圧を招いたり、やはりバランスが大切であることが見えてきました。
オランダ語に「何もしないこと」を意味する「ニクセン(Niksen)」という言葉があります。
目的を持たずにのんびりと過ごしたり、芝生に何時間も寝っ転がっていたり、こういった習慣が「幸せな人生を過ごすためのリラックス法」として脚光を浴びつつあります。
ただこのメソッドも、普段からのんびりしている人には効果的ではないかも知れませんし、強いストレスを抱えている人にとっては、逆に思考がグルグルと巡ってしまいDMNを助長する時間になるかも知れません。
リラックスして副交感神経ばかりを優位にするのではなく、強烈な刺激や集中を通して交換神経を活性化させるだけでもなく、それらの反復を通して、自律神経のバランスを整えることこそが大切などだと言えます。
禅の世界にも、白隠禅師が残された「動中の工夫は、静中に勝ること百千億倍す」という言葉があります。
静かに座して瞑想するのも大切ですが、その状態でもって動き始め、様々な行為を為すことこそが大切であるという教えです。
実際、臨済宗の修行では、坐禅の前に様々な作務を行い、そして坐禅と坐禅の間には、全速力でダッシュする「経行(きんひん)」という時間があり、これによって動と静のバランスが整えられていくのだと思います。
一見、対極と思えるようなものを反復することで、その両方のバランスをととのえていくこと。
この考えこそが「ととのい」にとって最も必要なエッセンスであると言えるのではないでしょうか。
※関連ページ 「快眠・寝落ちの医学」
文責/監修:川野泰周(かわのたいしゅう/ひろのり)
臨済宗建長寺派林香寺住職。
精神科・心療内科医。
2005年、慶應義塾大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。
2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を経て、2014年末より臨済宗建長寺派林香寺の住職となる。
現在は寺務の傍ら、都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。著書多数
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